虐待の定義
虐待の定義は、あくまで子ども側からの定義であり、親の意図とは無関係です。その子が嫌いだから、憎いから、意図的にするから、虐待というのではありません。親はいくら一生懸命であっても、その子をかわいいと思っていても、子ども側にとって有害な行為であれば虐待なのです。
我々が、その行為を親の意図で判断するのではなく、子どもにとって有害かどうかで判断するように視点をかえなければいけません。そして、子どもの健康の問題だけではなく、子どもとしての人権を守っていないということも虐待の定義に含まれます。
虐待の分類は、身体的虐待、ネグレクト、心理的虐待、性的虐待という4つの言葉が使われます。こ分類は、一人一人の虐待の行為はこれだと判断ことではなく、子どもの受けている虐待には、こういう要素が含まれていると考えるために役に立つ分類です。

ネグレクトとは
ネグレクトとは、大人が援助すれば避ける事ができる危険に子どもをさらすこと。子どもの身体的、知的、情緒的な能力の発達に不可欠であると考えられているものを子どもに提供しないことです。すなわち、適切な食事・衣類・住まい・医療・教育・監護を怠ったり、子どもの人格や発達を損なうことです。

ネグレクトによる乳幼児の発育不全
ネグレクトのケースでは、親子間の相互作用の問題、乳児のニーズへの反応性の欠如、親の心理学的な障害、あるいは、乳児のニーズを母親が十分に満たすことを妨げるような圧倒的な社会的ストレスなどが存在しています。
乳幼児の発育不全は、これら複雑な要因が、さまざまな割合で関与して、乳児が十分な量の栄養を摂取できなくなったり、維持できなくなって、栄養不良を伴った重大な身体的障害である発育不全という最終的な状態へ乳児を追い込むのです。
医学的評価
子どもの健康状態の経過
注意深く経過を聞き取る作業は、乳幼児の発育不全の原因を探る重要な手段です。経過を聞き取るときはいつでも、質問されている親が「自分は子どもの健康を一緒に考えているのだ」と感じることができるように、親の考えを尋ね、親が何を一番望んでいるかを聞こうとし、親の立場を尊重しながら、親を批判的に見ないように心がけて、客観的な立場に立って聞き取るべきです。
子どもの経過・病歴
通常の病歴を聞き取る際には、子どもの在胎週数と出生時体重に特に注意を払うべきです。それは、この情報は出生後の子どもの発育を評価するための基準となるからです。
食事に関する経過
栄養の摂取に関する経過は注意深く聞き取る必要があります。
子どもがミルク栄養の場合
- ミルクが正確に希釈されているかどうかを確かめるために、ミルクの作り方を具体的に尋ねる必要があります。
哺乳瓶1本では何mlのミルクになるのか。
乳児がミルクを飲み終えた後には、何mlのミルクが哺乳瓶に残っているのか。
ミルクを飲むのにどの位の時間がかかるのか。
ミルクの他にどんなものを飲んだり食べたりしているのか。
どんなミルクの飲ませ方をしているのか。 - 乳児がお腹をすかせてミルクを要求して泣くのか、それともミルクを飲ませるために寝ているところをおこさなければならないのか。
- 母親と乳児はミルクをあげる時間を楽しんでいるか。
ミルクをあげる前、あげている最中、あげた後などに、母親と乳児はイライラしていないか。
子どもが喜んで飲んでいる合図を母親に送っていることが明らかに見て取れるか。 - 子どもの姿勢と哺乳ビンあるいは乳房をあてがわれている仕方が子どもにとって快適そうであるか。
- 飲むのを休みたいというサインを子どもはだせるか。もうお腹いっぱいという時には子どもはどうするか。
- 母親に関しては、子どもの出す合図を認識して反応出来ているか。
- 自分のことに夢中になったり、心配ばかりして自制心を失ってしまい、事実上、子どものことなど忘れてしまう傾向があるか。
評価するための情報の一つとして、母親が乳児にミルクをあげている所を実際に観察することは非常に役立ちます。食事に関する経過を聴く際には、正確な情報を得ることが重要であって、漠然とした、一般的な答えで満足してはいけません。
親が重要な問題であると信じていることは何か、親は子どもがどの位の栄養を摂ればいいと考えているのか、そのような考えを持つようになった出来事はなにか、などについての情報を得ることは大切です。
それは、乳児に与える正常な食品にはどのようなものがあるのか、ということについて非常識な信念を持っている場合を時々経験するからです。
友人や親類からの、善意からであるが見当違いの誤ったアドバイスに従っている親がいる一方で、乳児の栄養上のニーズや乳児が自分で食事ができる能力に関して異常な考えを持っている親もいるからです。
【発育発達の経過】
- 乳児の発達を図表化することは、非常に有効な手段です。これまでの体重、身長、頭囲などの記録からひろうことができます。
- 乳児の体重は正常から逸脱する指標の一つです。
- 身長の伸びが遅れている場合には、その遅れが体重ほど大きく逸脱していなくても、過去のある時期に発育不全となる状況に子どもがおかれていたことが示唆されます。
- 頭囲が影響をうけることは、長期間に及ぶ深刻な虐待のケース以外に非常にまれです。
- 最も一般的なケースは「頭囲の伸びは正常範囲であるが、身長の低さを計算に入れてもなお不釣り合いに体重増加が悪い」というものです。
- 発育曲線がいつも下り坂であるというよりも、上昇したり下降したり動揺している場合には、曲線が変化したそれぞれの時期に子どもが置かれていた環境を詳細に調査する必要があります。
- 子どもの発達の経過は、可能な限り子宮内の発育のチェックからスタートするべきです。妊娠は計画的なものであったのか、妊娠に気づいた時の親の反応、妊娠中の母親の健康状態、出産した時の子どもの状態、子どもの出生に対する親の反応、新生児期に子どもはどのようなケアをうけたのか、育児に関して母親を援助できる資源はあったのか、などの情報は重要です。
- 首の座り、ハイハイ、つかまり立ち、などの発達上の重要なチェックポイントは慎重に調査し、正常範囲と比較します。ことに、子どもが初めて笑顔を見せた時、声を出した時、「いないないばあ」などで一緒に遊んだ時、おもちゃや周囲のものに興味を占めした時、親の声に反応した時について聞くべきです。
- また、「きょうだい」の反応についても質問する必要があります。
- 親が子どもの発育上のチェックポイントについて覚えていなかったり、チェックポイントに関して非現実的な答えをした場合は重大な関心を寄せるべきです。 ・典型的なある一日について親に詳しく思い出してもらう事は非常に大切です。子どもは何時ごろに目を覚まし、家族の誰が子どもにミルクをあげ、午前中誰が子どもの世話をする係になり、育児以外に母がしていたことは何か、などと言ったことを一緒に話すのです。
- 母親以外の人や保育所の世話になっていたかを確かめる事も重要です。時には、育児の大半が母親以外の人が行っているという場合があるからです。
【心理社会的な経過】
- 育児にひどく手が掛かり、ときにはいやになったことはなかったか、という質問を親に問いかけることから始めると有効な情報が得られることがしばしばあります。親はどのくらい休息が取れるのか、母親が自分の自由な時間をどれくらい持てるのか、子どもの父親や子どものパートナーは母親を援助してくれるか、他に育児を手伝ってくれる人がいるのかどうか、などについて質問する必要があります。
- このような質問は、通常初対面でも気軽に聞く事ができる内容であり、親に脅威を感じさせることはめったにありません。
- 質問に対する親の態度や反応を観察することも、育児に関する有効な情報とアセスメントを付け加えてくれます。
- 母親が、子どもの問題をどのように捉えていたかを話すように、母親を励ましてあげましょう。それによって、親が子どもに期待すること、両親同士が互いに期待している事こと、育児に関する信念、親自身の育てられ方などについての理解をいっそう進める事が可能になります。
- このような話題は、自然に、親自身の子ども時代のヒストリーを聞き出すことになります。
- 親自身が子ども時代に体験した虐待、ネグレクト、親との離別、親自身が自分の親について持っている感情、などについての情報です。
- 親の学校での体験や職場への適応のヒストリーを得られれば、彼らの問題へ対処するスタイル、ストレスに対処する能力、他の人に援助を求める能力に関する情報も得られます。
- 社会活動への参加や友人関係についての話題は、彼らの社会的孤立、精神力の欠如、抑うつ感などが明らかになることもあります。
- 育児に関する親の個人的な体験、親が現在直面しているストレス、親を援助できるシステム、子どもの身体的及び情緒的ニーズに応える親の能力などについての評価を蓄積しアセスメントすることは、子どもの発育不全が親子間の相互作用に関する問題の結果でありえるという結論まで医師を導くことを可能にすることもまた事実です。